霊園が必要になってきた現代

霊園が必要になってきた現代

霊園というと私たちが思い浮かぶのは見晴らしのいい場所、広く開放的な場所にたくさんのお墓が理路整然と並んでいる、そんな感じをもちませんか?あるいはお寺の敷地内で、自分のご近所の方々もここにお墓があって・・・などという感じもあります。

一言で霊園といっても現代は様々なものがあります。

それは千葉県に限ったことではありませんが、千葉県内において人口の集中する地域であるとか、東京に近い地域でその需要が高まってきています。

それに伴い顧客の要望に応えようとたくさんのサービスやアイデアがどんどん出てきているようです。

なぜそういったことが今起こっているのでしょうか。

それは戦後70年という時を経て、都会に集中してきた人々を埋葬する場所をどこにするかという問題があること、そして家族の形態が変わってきつつあること、自分というか「個」を大切にしたいと考える人たちが増えてきたせいかもしれません。

そこで霊園という場所に行きつくまでの過程と特に千葉県の霊園に注目して考えてみたいと思います。

霊園はいつごろできたのでしょう

私たちが思っているお墓とは亡くなった方の遺骨を納め、その上に石塔を建てるというものです。

いつの時代からそういう形あるいは霊園のような所に建てるというようになってきたのでしょう。

歴史的なことから考えると古墳はその土地の権力者だったり、今でも残る立派なお墓はやはり歴史的人物のものであったりします。

今の霊園とは違い個人のお墓であって霊園のようないろいろな人たちのお墓ではありません。

千葉県で永代供養出来る霊園

千葉県佐原にある観福寺は伊能忠敬の一族の墓地があることで知られています。

一般の人がお墓を持つようになるのは江戸時代中ごろではありますが、それもいわゆる階級の高い人、とりわけ武士のような一部の人だったようです。

共同墓地という形が出来上がっていったのは関東大震災後、造園学者の井下清が東京の復興事業で公園行政に携わりその一環としての公園墓苑が現在の霊園の始まりともいえるでしょう。

この震災で被害を受けたのは千葉県も同じです。

何万人という被害者の霊を供養するために共同墓地が作られていったと考えられます。